2015.7.30 【那須岳 山行】雨男復活か!頂上直下で雷雨襲来!

友人のSA夫妻が、那須連山の三本槍岳を登りたいというので同行した。
峰の茶屋より茶臼岳を望む
那須岳は、通常、那須連山の茶臼岳(1,915m)、朝日岳(1,896m)、三本槍岳(1,917m)の三山を呼ぶが、標高は2,000mに満たないものの森林限界を超えており、快適な稜線の縦走を楽しめる人気の百名山である。
今回の山行は、平日でもあり混雑は避けられそうだが、行程の長さと最近の天候不順は要注意である。
ただ、計画した縦走はそれほどの登りも無く、稜線に乗ってしまえば快適な山行になると感じていた。
一応、計画では、那須の主峰三山を一気に縦走してしまおうと考えたわけだが、最終的なコース選択は、同行者の意向もあるので、現地に行ってからすることにしよう。
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当日の天気を仔細に検討した結果、雨をまぬがれる時間帯は「朝6時から正午まで」と判断。午前中に片をつけるのが得策である。

SA君の運転する車で6時半過ぎに那須山麓・峠の茶屋駐車場に到着。
峠の茶屋駐車場 朝日岳が見えている
那須山麓はすでに小雨が降っていた。
好転の兆しがあるので、雨具を着て出発。
山の神に挨拶して登山開始である。
小雨降る中であるが、整備された登山道は快適である。
登山道を彩る花々も多彩である。(高山植物系はもう終わってました)
オトギリソウ
オオカメノキ
トリアシショウマ
ギボウシ
シラネニンジン
オオカメノキ
ウラジロタデ
今回の同行者SAさん夫妻は、尾瀬などでのハイキングはかなりやっているが、本格的な登山は初心者ということで、ゆっくりとしたペースで歩をすすめていく。
峰の茶屋に着く、この頃になると雨は止み天気は回復しつつある。
展望はなかなか良く、煙を上げる茶臼岳は圧巻である。
ただし、その山容と登山道を見て、あっさりと茶臼岳をあきらめる二人。「そんなに大変でもない」と思うが言わない。
早くも三山縦走を断念。
峰の茶屋避難所(1,720m)に到着
峰の茶屋避難所と主峰茶臼岳
剣ヶ峰(1,799m)登山道は右側を巻く
ターゲットを朝日岳と三本槍岳に絞る。
時折、薄日が差す絶好の登山日和となる。尾根を渉る風も涼しく快適な縦走が始まる。
那須名物 ヒメシャジン(終わりかけ)
朝日岳の稜線
振り返ると茶臼岳
結構な岩場ルートです
鎖の掛かった岩場等、少々難所はあったものの、朝日岳の肩に到着。

肩より見る朝日岳
ここまでは順調である。
空身で朝日岳山頂(1,896m)を踏む。
ガスが多く、展望はあまり良くないが、まずは本日の最初の目的は達成。
ここまで登ってきた(南側)
これから行く稜線(北側)
とりあえず朝日岳
本日の最終目的地である三本槍岳は、途中の尾根(1900m峰あたり)の陰に隠れ見えないが、天候はまずまず。と、この時は思った。
引き続き縦走を続行し、熊見曽根、清水平へと向かう。
清水平への急勾配の下りは帰路が思いやられるが、途中から見る景色はまさに絶景である。
綺麗な大倉尾根
遠くに三本槍岳が見えてきた
薄雲が拡がってくるがまだまだ登山日和
清水平に到着したのは午前10時。

予定より大分遅れているものの、行けるところまで行くことにする。
北温泉分岐。同行者2人はここで三本槍岳を断念。
私は、単独で三本槍岳のピークを目指すことにした。
清水平で待ち合わせることにして、2人と別れ、登り始めること20分。
おそらく、地形からみても三本槍の頂上直下まで来ていたが、突如、周囲は暗くなり、いきなり滝のような雨が降り始める。悪いことに、遠雷がなり始めた。
前回の山行に引き続き、登山道が川に変わる。
かなりガスってきましたよ〜

三本槍方面を見るが見えない
すでに登山道は川に変わりつつある
正直なところ、この程度の雨は想定の範囲内であったが、雷はちょっとヤバイ。
別れた2人が気がかりなこともあり、即撤退を決断。
雨具を装着し、下山を開始する。
2人は、清水平から、すでに撤退を開始しておりホッとする。
熊見曽根のあたりで追いつく。
帰りは、濡れて辛い朝日岳の下り
また天気は回復傾向にあり
峰の茶屋への下り(見た目は凄いでしょ)
朝日岳の肩からは一部鎖場のある岩場の急勾配である。雨で濡れていて、ちょっとした難所となった。
さらには、那須ロープウェイのアナウンスが聞こえてくる。
「那須ロープウェイは雷のため運行を一時中止します。2時間ほどは運行を見合わせます」

ほうほうの体で、峰の峠避難小屋まで降りる。
と、天候はふたたび回復。当面、雨の気配はなく、地面も乾いている。
ようやく昼食とする。
コーヒーを沸かし(私の山ご飯アイテムである)、カップヌードル(SA君の山ご飯アイテムである)を食べる。
しかし、食べ終わるや否やまたしても天候悪化。
あわただしい下山準備となった。
急いで降りる。ガスの中の撤退となったが、幸い雨にやられることはなかった。
雲の合間から、最後に朝日岳、茶臼岳が顔を覗かせてくれたのはラッキー。
幽玄な朝日岳の稜線
茶臼岳もちょろ見え
駐車場まで降りてきて、本日の山行終了である。

地蔵の代わりに狛犬が我々を待っていた
この後、那須湯元の「鹿の湯」で汗を流し、まだ陽のあるうちに無事に自宅に着いたのであった。
鹿の湯(外観)
鹿の湯(待合室)
今回は、当初計画していた那須岳三山踏破(後から考えるとちょっと無謀な計画であったかも)については、朝日岳一峰のみの踏破となってしまったが、SA夫妻からは、「天気の移り変わりも含めて初めての経験が多くて、とても楽しかった」という感想を頂いたので、同行した私も安堵したのであった。

このところ、連続して雨にやられている。
日帰り山行の利点は、好天を選べるということであり、最近の山行は天気にはまずまず恵まれていたのであった。
しかし、この連日の猛暑が続く中で、連続して雨にやられてしまった。
かつての私の代名詞「雨男」の復活でないことを祈り、本報告を終える。

この次に来る時は三山縦走やらなくちゃ。。。
まあ、こんな感じ
<山行記録>
日程:2015年7月30日(木) 日帰り
同行者:SAさん夫妻
天候:曇り時々晴れ時々雷雨

当初計画:峠の茶屋駐車場(6:25)-峰の茶屋避難小屋(7:05)-発(7:10)-朝日岳肩(7:40)-朝日岳(7:45)-発(7:55)-朝日岳肩(8:00)-熊見曽根(8:15)-北温泉分岐(8:40)-三本槍岳(9:10)-(昼食)-発(10:00)-北温泉分岐(10:25)-熊見曽根(10:55)-朝日岳肩(11:10)-峰の茶屋避難小屋(11:40)-発(11:45)-茶臼岳(12:35)-発(12:50)-那須ロープウェイ山頂駅(13:30)-発(13:40)-ロープウェイ麓駅(13:50)-発(14:00)-峠の茶屋駐車場(14:20)

コースレコード:峠の茶屋駐車場(7:00)-休憩(7:20)-発(7:25)-峰の茶屋避難小屋(8:05)-発(8:15)-恵比寿大黒(8:28)-朝日岳肩(9:00)-発(9:03)-朝日岳(9:08)-発(9:10)-朝日岳肩(9:14)-発(9:20)-熊見曽根(9:30)-1900m峰(9:40)-清水平(10:00)-北温泉分岐(10:10)-三本槍岳手前撤退(10:33)-北温泉分岐(10:44)-清水平(10:49)-1900m峰(11:00)-熊見曽根(11:10)-朝日岳肩(11:20)-恵比寿大黒(12:00)-峰の茶屋避難小屋(12:20)-(昼食)-発(13:00)-峠の茶屋駐車場(13:55)

実歩行時間:5時間49分(ただし、雷雨退避等を含む)

2015.7.19~20 【鳥海山 山行】雲の中にいる。雲の上にいる。

・第1日目 7月19日 「雲の上に」 
前日の月山 山行を終え、我々は鶴岡市内のホテルに宿泊していた。
計画では、月山山麓のキャンプ場で久々のテン泊を行う予定であった。
が、前述「月山 山行報告」の通り、風雨は依然として強い。
「こんな雨の中、テント張るのはいやん。ラジつかないし。濡れた服乾かない~」と言い出す私。
「温泉に入りた~~い。ポール押さえて寝るのヤダ~」と言うH君のわがまま発言に、鉄人S隊長もしぶしぶ同意したのであった。
そこで、月山姥沢駐車場にて、S隊長の気が変わらぬうちに、鶴岡市内のホテルに電話を掛けまくり作戦を敢行。
快適なホテル泊まりをゲットしたのであった。

ホテル確保後は、藤沢周平先生の生誕の地を訪れたり、レストランでおいしい夕食を頂いたり、もう山屋ではなく完全な観光客。
昔の我々では考えられない大名山行である。
まあ、堕落の極みであるとも言えるのだが。
元幕営旅行部の基本原則と誇りは、ホテルの大浴場に入っているうちに全く忘れてしまったのであった。
早朝、ホテルの窓から月山方面を望む。
19日早朝。ホテルの部屋の窓から観天望気を行う。
昨日登った月山方面は晴れている。が、今日登る予定の鳥海山方面は分厚い黒雲の中である。
関東地方は、この日に梅雨が明けたのであるが、東北地方(とくに秋田・山形県境)は梅雨前線の真っ只中にあった。
午前より午後のほうが天気が好転する。というS君の天気予報により、朝はゆっくりすることにする。

本日、目指す鳥海山は、山形県と秋田県にの県境にある標高2,236mの活火山である。
古来より噴火を繰り返しており、直近では1974年に水蒸気爆発を起こしている。
現在の最高地点である新山の山頂は、1800年の噴火の際に形成された。
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本日予定の宿泊場所は、鳥海山頂上直下の御室小屋である。
コースタイムは5時間ほどなので、夕方に小屋までたどり着けばよいという算段である。

ホテルの朝食バイキング(和洋揃っていてまずまずの内容)を頂き、市内を一巡りしてから、鳥海山の象潟(きさかた)登山口へと向かう。
象潟登山口・鉾立ルートは、鳥海山登山でもっともポピュラーなコースである。

「きさかたの 雨や西施か ねぶの花」芭蕉
象潟は、平安時代には能因法師や西行法師が歌を詠み、松尾芭蕉も1689年6月に「奧の細道」最北端の目的地とした。
当時は、松島と並ぶ「細道」の要所であったが、1804年に起きた象潟地震で海底が隆起し、陸地化してしまったとのことである。

象潟口の鉾立駐車場に10時前に到着。
激しく雨の降る鉾立駐車場
車外に出るのをためらわせるような、濃密かつ激しい雨が降っている。
車中で登山装備を整えるもなかなか表に出る気になれない。
午後には少し好転してくる様子なので、もう少し待ったほうが良いのじゃないのと思うが、S隊長、一言「いくべ」
さすが鉄人である。
H君と私の二人パーティーだったら「今日やめて明日にしよっか~~」くらいは言っちゃいそうな悪天候。しかし、隊長の命令は絶対である。
レイテ沖海戦に突入する帝国海軍「重巡 鳥海」に思いを馳せ、雨の中に飛び出す。ホントか?
山屋に戻らなくてはならない時である。
雨の中を出発
鳥海山登山口
こんな雨の日はクマも出ないだろう
鉾立からは、石畳の坂道を登っていく。
通常、石畳は硬いので膝に負担が掛かるため嫌われるものであるが、意外にもこの石畳がなかなか快適。雨でも滑らず、角度も適切。
誰が作ったのかは、今となっては知る由も無いが、参詣用に長い年月を掛けて整備したものなのか、あるいは、畏れ多くも止ん事無きお方の登山用のいわゆるプリンスロードなのか。(少し調べてみましたが確証得られず。)
登山道です。川じゃありません。
雲の中にいる
雪と雲の中にいる
鳥居も雲の中にいる
石畳参道のおかげで、一気に御浜小屋(1700m)まで登る。
しかし、雨脚は強くなり、風も吹き始める。
ここで山と花と鳥海湖を眺めながら、昼食をとる計画であったが無理である。
ツェルトを被って休憩している人もいるが、我々は外での昼食は断念。
一人200円を支払い、御浜小屋の休憩所で昼食にする。
もう、沢登り状態です
ニッコウキスゲの縦走路
完全に雲上人となる
雨脚も少し弱くなってきたので、登山再開である。
ほどなく御田ヶ原に到着する。
するとなんと雲が吹き飛ばされ晴れ間が見えて来る。
どうやら、今までは雲の中にいたようだ。
標高1700mを超え、雲の上に出たのである。
晴れてきましたよ。
雲の上に出た〜〜〜!
来し方を振り返る。今は道が見える
花乱れ咲く縦走路を飛ばす!
いきなりの晴天に元気倍増。
計画を変更し、外輪山経由で山頂へ向かうことにする。
当初は千蛇谷を経由して直接、頂上直下の御室小屋へ向かう予定であったが、天気が良くなったので明日に予定していた外輪山ルートを今日中に廻ってしまうことにしたのである。
先ほど下山してきた人からは、「風が強いので外輪山コースはとても行けません。止めたほうが良いですよ」と忠告を受けたのであるが、午後になり天候も落ち着いてきたのでヘイチャラなのである。
御田ヶ原を出て、七五三掛(しめかけ)の先にある分岐(外輪山と千蛇谷の分岐)から外輪山ルートに入る。
外輪山ルートに突入
こんな稜線を歩いてきたんだ。やっと見えた。
ついに鳥海山の山頂が見える
御田ヶ原の標高は1759mである。 七五三掛(1820m)を経て、外輪山の稜線に入る。
文珠岳(2005m)、伏拝岳(2130m)、行者岳(2159m)、そして外輪山の最高峰である七高山(2229.2m)へと高度を上げていく。
しかし、この外輪山の登りは、私には結構ハードであった。
本来、このような岩稜は好きなコースであるのだが、結構バテてしまったのであった。
何度かS君H君に待ってもらうという情けない状態で、なんとか七高山山頂に到達。
幸運なことに、この外輪山ルートを攀じっている間、七高山山頂までは、風はそこそこ強いものの晴天が続いたのであった。
この外輪山ルートはこの山行自体のハイライトでもあり、ラッキーであった。
岩稜をガシガシ登る
これこそが夏山JOY
鳥海山山頂(左)と外輪山
我々は右側の稜線から頂上を目指す
文殊岳で休憩
ここからは完全に岩登り
チョウカイフスマ咲く稜線
我々は今、雲の上にいる
縦走終了。下に御室小屋、上に鳥海山山頂
七高山山頂をなぜか走る人たち
七高山山頂から。左側の稜線を登って来たのだ。
七高山頂上はこんな感じ
御室小屋に下り、宿泊手続き。
この御室小屋の奥に鳥海山大物忌神社(おおものいみじんじゃ)の本宮があり参拝。
その背後に、鳥海山連峰の最高峰である新山の山頂(2236m)の岩峰が聳えている。
鳥海山大物忌神社本宮
まだ、日の入りと夕食までには時間があるので、新山に攀じ登る。
山頂で「鳥海山」のプレートを持って記念写真を撮る頃には、天気が再び悪化。
頂上からの眺望は、ほとんど得られなかったのが残念である。
鳥海山山頂 再び雲の中
150人収容の御室小屋であるが、本日の宿泊は38人(そのうち某社のツアー参加者が24人)ということで余裕の宿泊スペース。
精進料理のような夕食を頂き、明日の快晴を信じて早々と床に就いたのであった。
S君H君が明日のルートを相談していたようだが、ヘたれの私はそれを遠くで聞きながら既に半分寝ていたのでした。
御室小屋 就寝前の様子

・第2日目 7月20日 「再び雲の中に」 
日の出の時刻は、4時30分前後。
某社ツアー参加者は、4時頃から起き出して、「影鳥海」を見る準備をしている。
鳥海山登山での名物のひとつである「影鳥海」。
朝日が鳥海山に当たり、日本海側に大きな影を落とすのである。
しかし、あいにくと高曇りの状態で、御来光も影鳥海も見ることはかなわず。残念。
七高山方面 日の出は見えなかった
昨日登ってきた外輪山の稜線
本日は下山するだけなのだが、昨日は新山山頂からの展望を得られなかったので、山頂からの大展望を期待し、再び新山に登る。
昨日、昇ったときは、バテていたが今朝は元気なので、写真も撮れるのである。
しかし、今朝もまた山頂での展望は得られず。
S君「頂上は3回目だけど一度も晴れたことないべ」という事なので仕方がないのである。
新山へ みんな大好き岩登り
今日は余裕の「鳥海山」展望はなし
頂上に立つは修験僧か?
まあ、ルートはしっかりしてます。
雪渓を降りると御室小屋
御室小屋から外輪山の稜線を見る
7時に小屋を出発、下山開始である。(某社ツアーの出発と時間をずらした)
本日は千蛇谷ルートである。万年雪が積もっている雪渓を下るのが楽しみ。
本来の山道は雪渓に沿った尾根筋に付けられているが、我々は無論雪渓上のルートを直滑降。
またまた曇って参りました
千蛇谷雪渓へ下っていく
雪形の上が昨日登った稜線
千蛇谷雪渓を快調に滑っていく
鳥海山を振り返る。
なんとか雪渓を滑り終える
楽しかった雪渓下りもじき終わり、尾根をひと登りすると、七五三掛。そして御田ヶ原に到着。
昨日ほどの好天ではなく、下るにつれどんどん悪化していく。
だんだんと雲の中に入っていくようだ。
雲の中でもニッコウキスゲ
単独行の山ガール
鳥海湖へ降りる木道
ここで、S君H君は鳥海湖へのルートを取る。昨晩、私が半分寝ていた時に2人で相談していたコースだ。
花と霧に囲まれた木道を下っていくと鳥海湖の湖畔に到着。
カルデラ湖特有の形状であるがなかなか良い湖である。
鳥海湖に到着
鳥海湖全景。雲に覆われつつある
湖畔を半周回して、御浜小屋へのルートを探す。
山と高原地図上では、破線ルート(本来の登山道ではない)となっているコースを取り、岩壁を登りきると突如、御浜小屋近くの稜線に飛び出す。

ここでおやつ休憩とする。
御浜小屋の花畑
あとは石畳登山道を降りるだけである。
快調に歩を進め1時間ちょっとで鉾立の駐車場に到着。
鉾立の駐車場は厚い雲の中。来た時と同様の濃密な雨が降り込めていた。
分厚い雨雲で鳥海山は見えなくなってきた
石畳をどんどん降る
途中の展望台にて
獅子岩(S君命名)
そろそろ紅葉の季節か。ウソ。
登山口に到着。豪雨なので流し撮り
最後は地蔵が待っていた。
居眠り地蔵ではないようだ。
月山、鳥海山の3日間の山行を終えて、1日あたりの歩行時間はそれほどではなかったが、天気がかなり悪かったことは残念であった。ただ、鳥海山外輪山ルートを晴天下で完踏できたことはラッキーであった。あの日外輪山コースをとったパーティーは恐らく我々だけである。
「月山 山行報告」は、花の図鑑のようになってしまったので、本「鳥海山報告」では極力、景色中心の写真を選んだ。
今回は、花の写真を撮るために、可能な限り荷物を軽減し、一眼レフセット(約2kg)を持ち込んだのであるが、結局、悪天候のため、ほとんど一眼レフは取り出さず、写真の大半はコンデジで撮影を行った。完全にボッカ訓練となってしまった。
また、鳥海山初日にバテてしまったことは情けなかった。この山行のために十分トレーニングをしたつもりであったのに、同行者2人に心配を掛けてしまったことは猛省である。

以下、参考資料として掲載。
1.山名「鳥海」(とりうみ)の由来は諸説あり。アイヌ語語源説、人名説等あるが、私は山の稜線が左右に広がり鳥の羽に見え、日本海を見下ろす山ということで「とりのうみ」となったという説を推したい。
2.鳥海山の花であるが、固有種としてはチョウカイアザミやチョウカイフスマがある。
 今回の山行ではどちらも花盛りであり、堪能できた。
 チョウカイフスマの可憐さとチョウカイアザミの不気味さが対照的であった。
3.鳥海山は、東北地方では2番目に標高が高い山である。
 中腹に秋田県の最高地点(標高1,775m)がある。ちなみに東北一高い山は、尾瀬の燧ヶ岳(標高2,356m)。
4.山頂付近の万年雪は小氷河と呼ばれる。氷河として特徴的なカールも存在する。
 近辺では「鳥海山氷河水」が販売されている。
5.鳥海山に祭られている「大物忌神」。夷乱凶変を忌み嫌い、山が怒りを爆発させる神であるとされている。物忌とは、不吉不浄を忌むという意味である。
 また、古くから開山されているために地名に修験道にちなんだ名前が多いのも特徴。
6.「ちょうかい」は、海自こんごう型護衛艦(イージス艦)の4番艦の艦名。帝国海軍摩耶型砲艦「鳥海」・高雄型重巡洋艦「鳥海」に続き、由緒正しい3代目の艦名である。
鉾立ビジターセンターにあった「写真」を撮影した写真
ー御浜小屋から見た鳥海湖ー
(時期的にはぴったり。晴れたらこういう写真が撮れたはず)
<山行記録>
日程:2015年7月19日(日)~20日(月) 1泊2日
同行者:Sさん、Hさん
天候:19日雨のち晴れのち曇り
   20日曇りのち雨

当初計画
1日目;
鉾立(8:56)-発(9:16)-尾根渡り(9:56)-発(10:06)-賽の河原(10:46)-発(10:56)-御浜小屋(11:36)-(昼食)-発(12:36)-御田ヶ原分岐(13:06)-発(13:16)-七五三掛(13:46)-発(13:56)-<千蛇谷ルート>-御室小屋(15:16)-(宿泊手続き・休憩)-発(16:16)-(空身ピストン)-鳥海山新山(16:36)-発(17:06)-御室小屋(17:26) 
<御室小屋泊>
2日目;
御室小屋(7:00)-<外輪山ルート>-七高山(7:20)-発(7:40)-行者岳(8:00)-発(8:05)-伏拝岳(8:15)-発(8:20)-七五三掛(9:10)-発(9:20)-御田ヶ原分岐(9:40)-発(9:50)-御浜小屋(10:20)-発(10:30)-賽の河原(11:00)-発(11:05)-尾根渡り(11:35)-発(11:40)-鉾立(12:10)

コースレコード
1日目;
・鉾立(9:40)-発(10:03)-山形秋田県境(10:36)-賽の河原(11:11)-発(11:16)-御浜小屋(11:50)-(昼食)-発(12:26)-御田ヶ原(12:40)-御田ヶ原分岐(12:53)-七五三掛(13:15)-発(13:30)-外輪山分岐(13:37)-<外輪山ルート>-文殊岳(14:10)-発(14:17)-伏拝岳(14:50)-発(14:55)-御室小屋分岐(15:33)-(空身ピストン)-七高岳(15:37)-発(15:46)-分岐(15:50)-御室小屋(16:05)
・御室小屋発(16:14)-(空身ピストン)-鳥海山新山(16:30)-発(16:41)-御室小屋(17:00) 
<御室小屋泊>
2日目;
・御室小屋(5:55)-(空身ピストン)-鳥海山新山(6:10)-発(6:15)-御室小屋(6:25)
・御室小屋(7:01)-<千蛇谷ルート>-外輪山分岐(8:11)-七五三掛(8:20)-発(8:30)-御田ヶ原分岐(8:49)-万助小屋分岐(9:13)-鳥海湖畔(9:20)-御浜小屋(9:40)-(コーヒータイム)-発(10:12)-賽の河原(10:36)-山形秋田県境(11:00)-展望台(11:21)-発(11:31)-鉾立(11:36)

実歩行時間
1日目;5時間16分
2日目;4時間8分
2日間合計;9時間24分

ー 鳥海山 山の花旅 ー
今回は、花の写真は別掲しておきます。
ヨツバシオガマ
ハクサンイチゲ
イブキトラノオ
ミヤマシャジン
イワブクロ
チョウカイフスマ(鳥海山固有種)
チョウカイフスマ
チョウカイフスマ
イワギキョウ
マイズルソウ
イワウメ
ハクサンシャクナゲ
イワギキョウ
アオノツガザクラ
イワカガミとアオノツガザクラ
ハクサンチドリ
イワベンケイ
ミヤマキンバイ
イワブクロ(珍種)
イワブクロ
タテヤマリンドウ
イワギキョウ
イワベンケイ
アオノツガザクラ
ダイモンジソウ
エゾノマルバシモツケソウ
カラマツソウ
ニッコウキスゲ
イブキトラノオ
チョウカイアザミ(鳥海山固有種)
チョウカイアザミ
チングルマ(果穂)
イワベンケイ
ニッコウキスゲ
ミヤマシャジン
ヤマハハコ
ヨツバシオガマ
イワイチョウ
ハクサンフウロ
ウラジロヨウラク
アカモノ
ミヤマキンバイ
イワギキョウ
ニッコウキスゲの群落
イブキボウフウ
キンバイとキスゲの群落
ミヤマツボスミレ
カラマツソウ
ボタンクサギ(蕾)
クルマユリ
ヤマホタルブクロ
花の名前は図鑑、WEB等で同定しましたが、間違っていたらご容赦。

ニッコウキスゲの群落と石畳の登山道